東京高等裁判所 昭和46年(ネ)2135号・昭46年(ネ)2191号 判決
次に原審における証人正木茂の証言と控訴人三名各本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く)に被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)を総合すれば、次の事実が認められる。
被控訴人はその退職を翌年に控えた昭和四三年一二月頃民宿を経営する従業員を物色中、茂の娘である控訴人正木郁が茂を通じて民宿営業に従事したいと申出たので被控訴人も了承したところ、その後同控訴人の姉である控訴人矢島智子とその夫である控訴人矢島利夫も共に民宿経営に従事したいと申出たので、昭和四四年三月までにそれぞれ茂と控訴人正木郁を通じて被控訴人と控訴人三名との間で、控訴人三名が本件家屋に住込み、宿泊客のための接待、調理等を担当し、収入、支出の経理事務、家屋の管理などの現場作業を処理すること、宿泊料は一名一、五〇〇円とし、控訴人等は被控訴人に対して宿泊人一名について五〇〇円を支払うこと、一方被控訴人は本件家屋と民宿用必要備品を提供し、その知人の宿泊利用を勧誘することという趣旨の民宿管理委託契約を結んだ。
この認定に反する原審における控訴人三名各本人および当審における控訴人正木郁本人の各尋問の結果は措信できず、成立に争いのない乙第三三号証の一、第三四号証の一、三、控訴人矢島利夫、同矢島智子のゴム印であることに争いのない乙第三三号証の二もこの認定を左右するに足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
ところで、被控訴人が前記民宿管理委託契約につき昭和四四年七月二六日到達の書面で控訴人三名に対し契約解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。
成立に争いのない甲第一三号証の一から四二まで、第一四号証の一から一〇〇まで(但し七九は欠番)、第一五号証の一から三九まで、第四〇号証の一、二、第四一号証の一から一〇四まで、第一六号証の一から七一までに原審における証人正木茂の証言と被控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められる。
控訴人等は昭和四四年四月頃から本件家屋において民宿営業を始めたが、被控訴人はその頃営業方針として万事山小屋風の質素なもてなしを旨とすること、今後の経営方針をたてる資料として金銭の収支は必ず伝票をおこし、金銭出納帳に記帳すること、宿泊人名簿を被控訴人方と本件建物にそれぞれ備えて互いに連絡をとり、客の重なり合いを避けることなどを控訴人等に指示した。
ところが、控訴人等は営業上の収入、支出と私用の支出とを全く混同し、宿泊人名簿の記入もせず、その収支の帳簿も記帳せず、被控訴人の要求があっても僅かに営業用と私用の区別もしない出金伝票と領収証とを一括して袋に入れ被控訴人に渡したに過ぎなかった。
被控訴人は控訴人等に対し、同年五、六月頃からしばしば従来の営業ぶりをたしなめ、さきの指示のとおり経営してほしいと申し入れていたが、少しも改められないので、このまま経営を続けると大きな赤字を生ずるおそれもあると考え、同年七月二〇日頃、茂と共に本件家屋に赴き、民宿営業を中止すると伝えたところ、控訴人等は甚だしく激昂し、「やめたら、どうやって生活していくのか」などと言いながら遂には茂に対して暴力をふるうに及んだ。
しかもその頃から、控訴人等は本件家屋を茂から贈与を受けて自分達のものだとまで強く主張し始めて、被控訴人を本件民宿経営から全く排除しようとする態度に出た。
この認定に反する原審における控訴人三名各本人および当審における控訴人正木郁本人の各尋問の結果は措信できず、他にこの認定に反する証拠はない。
以上の認定事実からすれば、控訴人等は民宿経営の収支計算を明確にする等の契約に基く義務を履行しないのみならず、委任者の指示に従い善良な管理者として受任義務を遂行しなかったものというべきであり、しかも本件委託契約の基礎となる当事者相互の信頼関係を破壊し、契約の継続を著しく困難ならしめる不信行為をしたと認められる以上、信義則により契約解除の前提となる債務履行の催告は必要でないと解されるから、前示解除の意思表示の到達によって本件委託契約は解除されたものと解すべきである。
従って本件委託契約に基づいて本件家屋を占有している控訴人等は、他に占有権原について主張立証のない本件においては、その占有権原を失ったことになり、被控訴人に対しこれを明渡す義務があるといわなければならない。
(古関 田中 川添)